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カスタマーサポート業界のデジタル化を推進する、一般社団法人サポートデジタル協会(以下、SDI)。
その代表理事を務める向川啓太さんは、約20年にわたりカスタマーサポートの現場で、業務の変遷やデジタル化を見てきました。
新型コロナウイルスによる生活様式の変容や、DXなどのデジタル化、カスタマーサクセスのニーズの増加。カスタマーサポートを取り巻く環境は、近年激しく変化しています。
この20年における変化に、今起きている変化。向川さんに、今カスタマーサポート領域で起きていることや、今後求められるスキルや人材像を聞きました。
一般社団法人サポートデジタル協会代表理事
向川 啓太氏
KEITA MUKAIGAWA
AIや音声認識を活用したデジタルチャネルの事業開発を手掛けた後、2021年9月に一般社団法人サポートデジタル協会を立ち上げる。現在はカラクリ株式会社に所属。
20年以上の経験でぶつかった「壁」そしてSDI発足
向川さんが、カスタマーサポートに関わるようになった経緯を教えていただけますか?
僕が大学を卒業した1998年は、ようやくインターネットが一般的になりだした頃で、将来的にITのスキルが必要になるだろうとの漠然とした想いから、社会人として最初の2年は、SEとしてシステム開発を経験しました。
そこからより経営サイドの仕事がしたいと思い、デル株式会社(現デル・テクノロジーズ株式会社)に転職します。
そこでPCのテクニカルサポートの企画部門に配属され、以来20年以上カスタマーサポートやコンタクトセンターの領域に携わってきました。
カスタマーサポートは、販売後の「アフターセールス」を担う部門でありコストセンターとして位置付けられることが多いのが実情です。
しかしデルでは、コンタクトセンターの運営を非常に重視しており、テクノロジーをフル活用して効率化を進めるだけでなく、KPIマネジメントを徹底することで顧客体験を把握、改善していくことに取り組んでいました。
その経験を通じてコンタクトセンターはピープルマネジメントとIT活用の両方が欠かせない機能だと知り、より深堀していきたいと感じるようになったんですね。
その後、アウトソーサー側で複数のビジネスに関わりたいと思い、インサイドセールスのBPO事業者であるブリッジインターナショナル株式会社に転職しました。
インサイドセールスという言葉も、日本ではここ数年で浸透した印象です。
そうですね。僕が転職した頃は「テレセールス」と呼んでおり、「インサイドセールス」という言葉はまだありませんでした。
ブリッジインターナショナルでは、外資系の大手IT企業のインサイドセールスの運営を担当しましたが、プロジェクトを通じてこれまでになかった新しいビジネスモデルや概念が浸透していくフェーズに関われたのは非常に良い経験になりました。
その後、大手のBPO事業会社にてコンサルティング業務や音声認識IVR(自動音声応答システム)、チャットボットといったデジタルチャネルの事業開発を担当しました。
2015年ごろより「第三次AIブーム」もありチャットボットを活用される企業が増えたため、デジタルサービスを提供するグループ会社を設立し、代表を務めています。
その後、カラクリ株式会社に転職し引き続きカスタマーサポートのDXに携わっています。
長らくカスタマーサポートに携わるなか、どのような経緯でSDIの発足に至ったのでしょうか?
「自社だけではなく業界全体で、デジタル化に取り組まなければいけない」と感じたからです。
僕たちはベンダー(サービス提供者)として、お客様企業にチャットボットなどデジタル活用の提案をする役割を担っています。
サービスを導入していただくために、ユーザーへの影響や費用対効果などさまざまな提案をします。
そんな事業活動を続けるなか、利用するお客様企業側が「ベンダー任せ」になっている印象を持つことが少なからずありました。
当然、これはデジタル化のメリットを伝えきれていないベンダー側の努力不足でもあります。
しかし同時に、お客様企業サイドのデジタル面や運用ノウハウといった知識も、アップデートして一緒に成長していかなければならない。そうしないと、お客様のビジネスモデルに合わせた無駄のない、良いシステム投資をできないと感じました。
同業他社に感じている課題感をぶつけてみたところ、同様に「ユーザー企業の人材育成も進める必要がある」という声が返ってきました。
業界全体で、共通の問題意識を抱えていたんですね。
アメリカなど海外の企業は、ユーザー側にSEやデジタルの専門家がいて、技術的な検証やサービス選定を自ら進めていく傾向にあります。
一方日本では、「とりあえずシステム会社にお任せ」で、主体的にデジタル投資ができていない企業も目立ちます。
クラウド化が進み、すぐに使えるSaaSの選択肢も増えているので、自社業務に一番詳しいユーザー自身が主体的にデジタル活用を進めていくというスタイルに変えなくてはいけません。
同じ問題意識を持つ人が多いことを確認できたことで、一般社団法人という公式な組織としてSDIを発足することにしました。
また、発足して最初の大きな活動のひとつとして、2021年9月には『Support DX Summit 2021』を開催しました。
まだ計画レベルではありますが、2022年はカスタマーサポートにおけるデジタル面の対応スキルや業務設計力を認定する、資格制度をスタートさせようと思い準備を進めています。
カスタマーサクセスは利益とコスト、両面を見る必要がある
ビジネス環境が激しく変化する中で、カスタマーサポート領域の変化について、向川さんはどう感じていますか?
もともと日本は製造業が強いこともあり、コンタクトセンターはアフターセールスと位置づける企業が多いと思います。
商品購入後のお客様に対して使い方をご説明する、壊れた商品への対応といった業務がメインでした。
しかし近年、日本でもサブスクリプション型の事業が増えており、契約後にいかに長く使っていただけるかが収益を左右するようになっていますので、その流れの中で、コンタクトセンターの位置付けも変わってきたと感じます。
サブスクリプション型のビジネスモデルはB2BのSaaS事業で先行しており、「カスタマーサクセス」という役割が一般化しました。この3年ほどでその概念や活動モデルが定着しており、職種としても認知されるようになっています。
B2Cでも、同様の事業モデルの企業では、カスタマーサクセスと同様の動きをコンタクトセンターに求めており、収益貢献のKPIを持つセンターが増えています。そしてこの流れは、今後増えていくと見ています。
コンタクトセンターにはどんなスキルや能力が求められるようになってきたんでしょうか?
コンタクトセンターでは、インバウンドコール(顧客からかかってくる電話)の対応がメインです。
お客様から問い合わせを受けて聞かれたことに回答する。業務知識を持ち、礼儀正しく対応する。こういった能力がオペレーターに求められる典型的なスキルセットでした。
一方、サブスクリプションに代表される事業モデルでは、リアクティブに必要最低限の回答をするだけでなく、お客さまが製品やサービスを正しく使う(=サクセスする)ために、プロアクティブな働きかけが必要になります。
求められる能力が対極的ですね。
もちろん、引き続き知識や礼儀正しさも必要だと思います。
これまでの組織ではセールスはとにかく売ること、カスタマーサポートはお客さまの問題解決をしつつ、コストを抑えるというミッションが明確に分かれていました。
ただ、カスタマーサクセスは、ある意味で両側を意識しなくてはいけません。
継続的にお客様にサービスを使っていただくための提案・支援をする。
その活動による収益貢献を担いつつも、お客様ひとりあたりにかけられる時間を考えつつ、効率をも意識する必要があります。
カスタマーサクセス的な役割と志向が求められると、組織や製品サービスについてはこれまで以上に高い専門性を求められます。
カスタマーサポートは有期雇用が多い業界でもありますが、今後は正規雇用へシフトしていく流れが加速してくると思います。
これまで、コンタクトセンターにはキャリアパスがあまりありませんでした。
正規社員が増え役割が多様化することでキャリアパスも、描きやすくなると思います。
今よりも、専門職としての色合いが強くなるわけですね。
キャリアステップのひとつとして、営業やカスタマーサポートからカスタマーサクセスを目指す人も増えている印象です。この領域を目指す人は、今後どんな意識を持てばいいと思いますか?
キャリアアップという観点で考えるなら、自分で指標を管理し、自分の活動がどれだけ収益貢献できたかを説明できることが重要だと思います。
マーケターの方なら、こうした議論を日常的に行っている印象があります。目標となる数字の成り立ちを理解した上で、自らどう行動していくかを考えられるか否か。
与えられた目標をいかに達成するかという受身的な発想だけでなく、自分たちの活動をうまく表現するための指標を作る意識を持つと、より経営に近い発想で業務に取り組めると思います。
AIで減る仕事、増える仕事、求められるスキル
カスタマーサポートでは、チャットボットのようにデジタル対応の領域が増えていますよね。今後AIの精度が上がることで、この職種はどうなると思いますか?
定型の問い合わせは、自動化が進んだことで減っている印象です。オンラインで手続きできる領域も増え、人の手を介さずに処理できることも増えています。
これにより、コンタクトセンターの仕事が減ったというのはある意味事実でしょう。
とはいえ、コンタクトセンターに寄せられる問い合わせは多種多様です。
どうしてもAIでは対応できない、複雑な問題に対応するセンターも数多く存在します。そういった現場でオペレーターの需要がなくなることは考えづらいです。
また、チャットボット等のデジタルチャネルの開発や導入サポートといった新たな人材が必要とされています。
減っている仕事もある一方で、カスタマーサクセスやデジタルチャネルをサポートするなど、新たに必要になった仕事もあるというのが僕の実感です。
ちなみに、オペレーターからデジタルチャネルの仕事に移ることはできるんでしょうか?
できると思います。最近ではプログラミングやシステム開発の経験や知識がなくても、ある程度のシステムをセットアップできる環境が整ってきました。
カスタマーサポートの現場ニーズに対して、それに見合ったアプリケーションの選択肢は昔よりはるかに多い印象です。
今後は、それらを適切に選択するスキル、また現場に定着化させるスキルが求められると思います。
日本では、1社につき使用しているSaaSは平均10サービスほどと言われています。実はアメリカだと、その10倍のサービスを1社が使用しているというデータがあります。
業務上でちょっとした課題があれば、それを解決できる「部品」としてSaaSを持ってくるという感覚ですね。
「DX推進室」がなくなってからが本当のスタート
DXはチャットボットに限らず、様々なサービスが出ています。向川さんが考えるDXとはどんなものでしょうか?
カスタマーサポートの領域で考えるなら、「ユーザーが、好きな時に好きなチャネルで問題解決できる環境づくり」だと思います。
従来は電話での問い合わせや、決められた時間に窓口に行くしか手段がありませんでした。
それが、ここ2、3年でチャットやLINE対応の窓口も増え、ユーザーの都合の良い時間や手段でコンタクトできるようになってきました。
海外では、ビデオ通話の活用も増えているようです。直接顔を見ることで、安心感を与えられる場合は、ビデオ通話によるコミュニケーションを活用するケースが出てくると思います。
このように、デジタルを活用して不便さを解消し、ユーザーが自分の時間を有効に使えるようにする。これが、顧客サービスにおけるDXかなと思います。
一方で、まだまだ「DXやデジタル活用って、何からやればいいんだろう」という企業は日本で多い印象です。
おそらく、前提となる認識が少しズレていると考えています。
あらゆるビジネスやそのプロセスにおいて、デジタルの活用は必須のものではないでしょうか。
これは「DX」という言葉が出る前、それこそ僕が社会人になった20年前から同じルールだと思います。
デジタル活用の優劣と業績の相関が明確に認識されたので、より積極的に取り組むようになったのだと思いますが。
最近では「DX推進室」といった名称の部署を作る企業も多いですよね。
ただ、本来的にはデジタルは手段であり組織機能ではないので、デジタルを冠した部署があること自体、おかしいことだと思います。
本来は、それぞれの部門がデジタル化を進めればいい。
とはいえ、企業や組織全体にデジタルのリテラシーや経験が不足していることも事実です。
日本の企業から「DX推進室」のような存在がなくなることが、DX化の次のステップではないでしょうか。
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この記事を書いた人
すべらないキャリア編集部
「ヒトとITのチカラで働く全ての人を幸せにする」というミッションのもと、前向きに働く、一歩先を目指す、ビジネスパーソンの皆さんに役立つ情報を発信します。